山下佳恵詩集『あなたへ』


優先席


他の座席と区別されて
僕の呼び名は優先席
特別に作られた僕の名前 僕の席

僕の上に座るたくさんの人
色々な人がいるなって
そう 思うのです

杖をついたおばあさん
座れてよかったね
松葉杖のお兄さん
大変だったでしょう
赤ちゃん連れのお母さん
肩がとっても重いよね
そして荷物も重たそう

スーツ姿のお兄さんが座ったけれど
おばあさんが来て
すっと席を立って 去って行った

元気そうなお兄さん
僕の席に座って 腕をくんで寝始めた
前には 倒れそうなおじいさん
どうか 気がついてあげてください

今度はお姉さんが僕の席に座ったけれど
どこか少し気分が悪い?
顔色が少し悪いよね?
目の前に 怖い顔をした おじいさん
突然車内に響きわたる大声で怒鳴り始めた
どうしたんだろうね 今の若い子は
目の前に年寄りが立っているのに平気で寝たふりをしている
寝たふりなんかするんじゃない
ほらほら席を立ちなさい
立ちなさいって言っているんだ!
お姉さんは顔を真っ赤にして
泣き出しそうな顔をしながら つらそうに席を立った
勝ち誇ったような顔で
どっかと僕に腰かける おじいさん

そうかと思うと満員電車で
僕の席だけ空いている
誰か座ってくれないかな そうすれば少しすき間ができるのに

他の席で 赤ちゃんを抱えたお母さんが
誰かに席を譲ってもらった
ありがとうございます
どういたしまして
和やかな空気が周りを包む

優しい目や
優しい心で
お互いを思いやることが出来たのなら
僕の席はいらないかな?

僕の呼び名は優先席
すべての座席が そう呼ばれるような
そんな日がくればいいな と思いながら
今日も
色々な人が僕の席に座るのです

イヤホーンから漏れてくるシャカシャカ音
携帯電話
化粧の匂い

ああ 忘れ物だよ
横の手すりに
びしょ濡れの傘が一本
土砂降りのように降っていた雨は
やんでいたんだね
いつのまにか



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